2002年 11月26日(火曜日)
この日の朝、ハイジはいつものように近くの公園に
お散歩に行きました。
家に帰ってみると
誰かが吐いたような後が
ありましたが、
その時点ではハイジだとは思ってもいませんでした。


私は、その日アルバイトがあったので何の心配もせず
出掛けました。その日は妹の仕事が休みだったので
妹が軍団達に朝ご飯をあげました。
ところが今まで、フードを残した事がないハイジが
いっさい食べようとしなかったのです。
とても変だと言う事で、私の携帯に連絡が入りました。
もちろんすぐに病院に連れて行ってもらう事にしました。


亡くなる1週間ほど前のハイジです♪↓

ハイジは、帝王切開で出産した時に「子宮が腫れている。」と
言われた事があり(直ぐに腫れはひいたのですが・・・)
ハイジの母親のバンビも、突然何も食べなくなった時に
子宮の病気だったので、ハイジもきっと
子宮の調子が悪いのだと思っていました。
だから手術をすれば、簡単に治るだろうと思いました。

でも、検査の結果は「かなりひどい腸炎」だと言われて
取り合えず点滴をしてもらい、
お薬を飲ませてもらって帰って来ました。

この時は、見た目には元気だったので
夕方には治るだろうと・・・・・
でも夕方になってもいっこうに良くならずに
吐き気が止まらず、下痢も始まりました。
それで夜の診療時間に
もう一度診察に妹が連れて行ってくれました。


「ぜんぜん状態が良くなっていませんね。」先生が
そう言われたので、結局その日は大事をとって
入院させる事になりました。それでもその時はまだ待合室で
立っていたし、死んでしまうだなんだなんて
考えもしていませんでした。もちろん先生もそうでした。

取り合えず、あらゆる検査と24時間点滴をしてもらえば
明日には元気に退院出来るだろうと思いました。

私はアルバイトが終わるのが夜だったので
すべて、家に居た妹に携帯で指示をしていました。
妹は私の言ったように、病院にお願いして来ました。
心配ではあったけど、このような状態はたまに
他の軍団達でも起していました。

ハイジは、今まで6年間一度もお腹を壊した事もないし
病気一つした事がない、丈夫な身体の持ち主だったので
どうして突然このような事になってしまったのか
不思議でしたが、24時間点滴をまだ元気なうちから
はじめておけば、すぐに治ると思いました。

だから、ハイジは誰にもお別れもしないままに
自動車に乗せられて、我が家を後にして行きました。

でもこれが最後だと思ってお別れなんてしたいたら
とても辛くて、送り出せなかったでしょう?
だから、これで良かったのだと思っています。


↑ ハイジはこの年の夏にはじめて
琵琶湖に浮かされました。
もちろん、只者ではないハイジ!
怒って2つも浮き輪を破ってくれました。
ちなみに今まで、浮き輪を破ったのは
ハイジだけでした。
やはり恐るべしハイジです♪→



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